審判の日となりました
今朝は5時にトイレへ行きましたが出血があり赤かったです。
7時と10時と12時にも赤いままでした。
チョット気になっていますが、昨日の検査で小さいポリープと癌の検体を取っているのでその出血だとのことですが、薄くなる兆しがないので不安です。
昼過ぎに病棟師長から、今回の病状などについて先生が7日に説明したいと告げられました。
いよいよかと思いました。
何とか良い方向の話が聞ければよいなと祈りました。
ところが15時過ぎに今すぐ先生から説明があるからナースステーションへ来るようにと呼び出しがありました。
何となく悪い予感がして体に力が入らず、少しふらつきながらナースステーションへ行きました。
部屋をでた右側のドアがトイレです。
私の病室は一番奥なので廊下の突き当りの左がナースステーションになります。
この長い廊下をどう歩いたか記憶がないほど動揺しました。
細々書いても仕方がないので要点だけ書きます。
31日からの検査で分かったことは、直腸下部の癌で肛門から見えているほどすぐの位置だということ。
肛門も敵出しないと癌を取り切れない可能性があるので肛門と癌を一緒に全摘しお腹に人工肛門をつけなければならないとのこと。
手術日は1週間後の来週の月曜日11日に予定したとのこと。
以上を最終決定するのは手術をする外科の先生がだが、状況からするとほぼ、全摘・人工肛門造設になるだろうとのこと。
何とか人工肛門だけはとの願いは見事に打ち砕かれました。
手術のこと、術後の痛みや経過、治癒の期間は、治癒後の生活は、と色々な思いが頭に充満し目まいがしました。
不安がいっぱいです。
外科の先生からのお話で何とか肛門を残す術式があれば良いのですが、内視鏡の写真を見た限りでは私でもこれは無理だろうと思う状態でした。
人生の終盤にきてこんな大病を患うとは分からないものです。
病気ひとつで晩年の人生が大幅に変わってしまいます。
色々と計画していたことの大半が中止か変更を余儀なくされます。
これは仕方のないことで自分の定めだったのだと悟るには、手術までの時間が短すぎます。
実は31日に前病院を退院した際に、生検の結果が出ていてポリープは大腸癌で新しい腫瘍も癌だったと聞きました。
ポリープの癌は粘膜までで、取り切って一応完治とのことです。
つくづく恨めしいのは見逃されていた直腸癌です。
こんな大きなものをどうしたら見逃すのかと恨み節が出てきます。
自分の本心は、内視鏡で癌をはぎ取り肛門を温存する術式ができないのか。
もしできないのなら日本中を探してでも肛門温存術をしてくれる病院で施術したい。
ただ、現時点では4月1日の造影CTの結果で肝臓やその他近いところの臓器、またリンパにも転移は見られないとのことです。
時間の経過とともに転移のリスクもあるし、実際の転移の有無は術後に摘出した細胞を検査してハッキリするらしい。
とにかく時間の猶予はないのだと思う。
今夜は寝れそうもない。


