納棺が終わり2日目のお通夜です

昨日は病院の退院手続きやら母の葬儀社の安置室までの搬送・安置、今後の打ち合わせ・手配、知り合いや親せきなどへの連絡、葬儀の段取り、契約と目まぐるしい1日で涙も出る暇がありませんでした。

日中は福祉のレンタル用品である、母がずっとお世話になったエァマットと電動ベットの返却、先日セットして2週間ほどしか使えなかった酸素療法装置の返却手続きと撤収実施。
母の部屋は広くなりました。
明日は正面に小さな祭壇を作り49日母を安置することになります。

ベッド撤去前

 

ベッド撤去後

気が付くと夜も19時過ぎ。
マナーモードで連絡がつかなかった友人が、心配して差し入れを持ってきてくれました。
食事も摂っていないのではと、カップ麺2個、おにぎり5個、飲料3種、栄養ドリンクに栄養サプリ。

友人の顔を見た途端涙が溢れました。
手続きなどで余裕がなく抑えていた悲しみと、友人の心遣いにリミッターが外れました。
しばらく話し相手をしてくれて帰った後、母とお話を再開し、お葬式の時の遺影を作り始めました。

12月26日に掲載した母の写真を基に、背景を変えて4種類画像処理して合成し、最終的に最後に作った④を遺影とすることにしました。

①単色グラデーション

②室内風背景を合成

③検査室風背景を合成

④病院の廊下風背景を合成

 

続いて当日お悔やみに来てくださった方へのお礼状を作成することにしました。
これらは葬儀社の方で作ってはくれるものですが、品質面と金額面を考慮して自分が作ることにしたものです。

普通なグラデーションの背景はいかにもって感じなので、自然な病院の一室や検査室、病室の通路のような背景を作りぼかして母の映像を強調するよう明度も上げました。

そんなこんなで夜が明けてしまい、午前9時過ぎから葬儀の詳細打ち合わせが始まり、今のウイルス感染リスクを回避するため、参列はお断りして私独りで家族葬とすることにしました。
お経も進行も、お骨拾いもお葬式も私独りの告別式となります。

日中は母にお留守をお願いして自宅に戻り、母が入院で出掛けたままの雑然とした家の中を整理してきました。

夕方から納棺が始まり、母は仏衣を着て何年振りかのお化粧をして唇にも紅をさし、まるで生きているような優しく素敵な表情になりました。
母が旅立ちに使う乗り物のお棺は、母にお似合いのピンク柄にしました。
生前の母はピンク色の物は持ったことがありません、というより見たことがありません。
冒険をしてもらいました。
またお棺には、ナース用の可愛い白衣を着替え分もと2着入れました。
あちらでも機会があったら看護師として活躍してもらいたいと思っています。

納棺には友達の親子が参加してくださいました。
独りでは折れそうになる心を何とか保っていたため、とても心強く感謝でした。

今日は2日目のお通夜です。
また色々なお話をしながら過ごそうと思います。

夜中に、明日の夕方にはお骨になっって帰宅する母を安置する場所の整理で家に戻りました。
寒々としてました。
明日からはまた、母との生活が始まり家中が温かく包み込まれるような感じを想像しながら2時間ほどで母の待つ安置所へ戻りました。

明日は8時15分出棺、9時から火葬開始、正午からお葬式となります。
順調にいくと午後2時過ぎには帰宅して、明日の夜はゆっくりできそうです。

最後に、2日間を過ごした安置室をご紹介します。
広くて素敵で快適なところでした。

エントランスは広くて親族が10人以上でも出入りが楽々できそうです。
大きなクロークも全員のコートなどが入りそうです。

安置室は18畳ほどあり、安置のほか納棺時に大人数がかかわっても大丈夫そうな広さです。

このカットは安置室手前のLKから撮っています。
LKはソファセットがあり、大型TV、冷蔵庫、オーブンレンジ、キッチンにIHヒーターが設備され料理も作れそうでした。
画像は取り忘れました。

ベッドルームにはセミダブルのベッドがあり、ツインルームになっています。
エントランスの納戸にはたくさんの布団があり大人数の宿泊も可能です。

洗面スペースは、大きな鏡にアメニティにドライヤーが整備されていました。

奥にはバスルームがあり、お風呂に入ってゆっくりできそうでした。

今回私は、LKと安置室の境の戸を全て開放し、常に母が見えるようにして過ごしていましたので、ほとんどの設備は未使用でした。
安置からお通夜、葬儀当日まで故人に寄り添いゆっくりと過ごせる配慮に満ちていました。