卒業から60年目の同期会が開催されました

母が他界した2020年の春に「古稀の同期会」を開催しようと活動していた時期がありました。
どんな内容にしようか、いつ実施しようか、場所はどこにしようか、会費は幾らにしようか、などなど。
協議を始めましたが、時は新型コロナの感染が拡大し、国中が行動の自粛ムードとなっていてとても実現できる状態ではなく、やむを得なく実行を諦めなければなりませんでした。

時は流れ今年の春になり、コロナ過も落ち着いて来たのでそろそろまた同期会を実施しようということになり、以前の発起人から呼びかけがあり準備を開始しました。
私はガンの手術の結果肛門を失い、生活も行動も抑制され生きることに疲れ、ガンの再発・転移の恐れも抱えていた時期でした。
何時まで生きることが出来るか見通しのない人生なので、今を生きている同期の友に会いたいという思いが強く沸き上がってきました。
卒業からは60年の年月が流れていますが、それぞれは苦しい人生だったのか、楽しい人生だったのか、悲しみもあった人生だったのか、語り合うことで生きる気力が出てくるかもしれないと思いました。

約半年に渡り色々な準備をしてきました。
発起人は私も含めて5人で構成していたのですが、開催内容については私のやりたい同期会と、他の4人の考えに乖離があり、準備を進めるにあたりとても大きな障害となりました。

私の思いは、「60年ぶりの再会であり、遠路はるばる参加する友あり、もしかしたら病を押しての参加者もいるかもしれない。だから、一生の思い出になる感動と感激をしてもらえるものにしたい。」の一点でした。
色々な工夫を凝らせば必然的にコストが増えていきます。
やりたかったことの目玉は、色々な情報を詰め込んだ20ページほどの記念誌が一つ目で、二つ目には思い出を綴った動画の上映、三つ目には出席者全員の集合写真撮影でした。
ホテルの手配、懇親会の手配などがあるので旅行エージェントにお願いをすることにしたのですが、最初のつまづきはエージェントからの見積もりでした。
懇親会の動画上映で、スクリーンとプロジェクターの費用が5万円ほどに横断幕5千円ほど、合計で約6万円の見積もりを見た発起人たちから動画上映と横断幕は必要ないと却下されてしまいました。
そのことを機会に、同期会の案内状や発送手段、申込方法、ネームプレートや席順表、プログラムなどすべてが簡略化することになってしまいました。
多数決ですから決定に従わざるを得ませんでした。
案内状は簡単なものにして内容が分かればよい、申込書は無し、送金された金額を見れば、参加だけか、宿泊もか、判断できる。
A4用紙一枚で上半分にプログラムを書き、下半分に校歌の歌詞を書いたものがあれば良い、ネームプレートは無しで席は好きなところへ座ってもらう。

私が思い描いていた同期会が音を立てて崩れていきました。

ここでひとつお伝えしておきたいのは、5年前の「古稀の同期会」開催打合せ時から今回の打ち合わせまで、毎回5人分の資料・レジュメは全て私が作成し揃えていました。
同期会のデータベースもかなりの時間がかかりましたが、入力画面を作成し約160人分の入力から、内容のデバック、住所判明者、物故者、郵送宛名データなども作成しました。



発起人が決定した内容に従い資料を作成し、内容を確認してもらいました。
皆が決定した事なのでOKが出ました。
本来であればこのまま作業を進めて案内状を発送すれば良いのですが、問題だらけだと思いました。
そこで、「懸念事項」として項目を箇条書きにしたものを各発起人に提出して、どうすればよいのか考えてもらうことにしました。
内容は下記のとおりです。

・申し込みした参加者が何か連絡を取りたいときはどこに連絡するのか
 どんな方法で誰が処理するのか
・宿泊者の部屋割りは誰がどのように決めるのか
 その部屋割りは誰がどんな方法で伝えるのか
・宿泊者のホテルチェックインは何時どのようにすればよいのか
・申込者がキャンセルしたいときは誰にどのように連絡し処理してもらうのか
・申込者がキャンセルになった時だれがどんな方法で返金処理をするのか

など等、他にも色々あるのですがこのような問いかけをした結果、発起人代表は私で、細部は任せてもらうことになりました。
そしていよいよ奮闘の日々が始まるのですが、ここで延々と描いてもキリがないのでこの辺にしたいと思いますが、この同期会の準備作業が私の生存意欲のスイッチをONにしたようです。

何から何まで全て一人での準備でしたから、大変なんてものじゃありませんでしたが、ひたすらのめり込んで徹夜も何日あったことか。
その代わり私の思う同期会を作ることが出来たのです。
今まで、フッと気が付くと病気の事、検査の事、余命の事しか考えていなかった自分を完全に忘れて没頭できました。
生きている実感が湧いてきていました。
60年越しに会える友との再会も踊る心に拍車をかけました。

同じ時代を生き抜いてきた友との再会は素晴らしいものでした。
参加した友の中には、ガンを克服した者、現在抗がん剤治療中で大変な状況の者、私と同じく3ヶ月ごとの定期ガン検査中の者、やはり辛い坂を乗り越えた友や乗り越えようとしている友が居ました。
4年後に「傘寿の会」まで頑張ってまた会おうねと約束して散会した、思い出深い同期会となりました。