NOTICED-3 右肩の脱臼
母の歩行状態が思わしくなくなってきていたある日、食事の支度をしていた私が母から目を離した一瞬前のめりに転んでしまった。
すぐ抱き起して自作の介護椅子に座らせテーブルを取り付けて食事の準備を続けた。
手早く夕食の段取りをして食事を始めたが母の様子がおかしいのに気づいた。
この頃はまだ何とか自分で箸を持って食べることができていたが、右腕をテーブルに持ってこれない変な動きをしている。
「どうしたの?」と聞くと「腕が思うようにならない」と言う。
転んだ時に何かしらの障害があったのかもと思い病院へ行くことにした。
時間は午後6時過ぎ。
問い合わせをしてみると、救急当番でたまたま整形外科の担当医も居るとのことで車で病院へ。
診察の結果「右肩の脱臼」だった。
脱臼の関節を整復し三角巾で右腕を吊って帰宅した。
翌日、デイサービスへ右腕を安静にして欲しい旨申し送りをして送り出した。
しかし数日後、右肩が痛いと訴えたのでまた病院へ連れて行ったら再度の脱臼だった。
最初の脱臼時は即病院へ行ったので整復が容易だったが時間が経過すると難しくなるらしい。
今回は麻酔をしての整復で時間もかかった。
また脱臼しないようにと、今度は上半身をギブスで覆われた状態で戻ってきた。
左腕は出ているもののほぼダルマさん状態で、2週間ギブスで固定する必要があるとのことだった。
これが認知症悪化の引き金になってしまった。
食事の介助は良しとしてもトイレの介助が難しくなり、また入浴ができなくなった。
就寝もギブスのせいで寝返りが打てなく熟睡できなくなったようだ。
介助に人手が要することから、やむを得ずショートステイを利用することにした。
ショートステイの利用を始めた翌日施設へ行ってみると、やはり寝れなかったようで宿直担当者が一晩中傍において話しかけてくれたらしい。
私の顔を見つけたら涙を流しながら「家に帰りたい」と請願してきた。
「頑張って!」と言って後ろ髪を引かれながら帰宅した。
翌日、朝早めに施設を訪ねると、母は職員の傍に腰かけていた。
やはり思うように眠っていなかったようだ。
顔を見せると泣かれるので、陰から覗いただけで手を合わせて詫びながら帰宅するしかなかった。
母は数日寝れない日々を過ごし、その後、疲れて寝起きを繰り返し2週間施設で過ごすことになった。
2週間後に無事ギブスは取れたが、脱臼は再発するかもしれないので今後も注意をするようにとのことだった。
結果は再度の脱臼。
デイサービスで、入浴後の着替え時に脱臼をしたらしい。
家では右腕の可動域を最小にするよう注意をしながら朝晩の着替えをしていたが、施設ではお構いなしだったのだろう。
強く申し入れしていたのだが・・・・・。
デイから戻って様子がおかしいのに気づいて病院へ走ったが、時間が経過しているので整復は無理と診断された。
また、若ければ手術で整復する方法があるが再度脱臼しない保証は無いとのこと。
この日から母は肩が脱臼したまま生きることになった。
食事は毎回の介助となった。
ちなみに、ショートステイから2週間後に家へ戻った時、発語が極端に短くそして少なくなっていた。
精神的にも乱れがあり、夜間に大声で叫んだり幻視をしているような素振がみられるようになった。
母にもっと注意深く接していたら、転倒を防ぐ工夫をしていたら、肩の固定をゆっくり長く続けていたら、と悔やみきれない後悔がある。
この後、認知症は加速度をつけて進行していくことになった。

